last updated 1997/09/01
第109話(全130話)
竜の棲む島(4/4)
マリイアの童話
そこはカシールという名の島でした。温暖な海に囲まれ、冬のいちばん寒さが厳しい時期で
も、花が咲き乱れているような、そんな楽園です。
島の中央にはテイボンという名で呼ばれる高い山があり、その山を囲むようにして深い森が
繁っています。森は恵みの森でした。いつでもたわわに果実を実らせる木がたくさんあります
。動物たちもたくさんいて、島の人々は、森の木々や動物たちの恵みを受けて、豊かに静かに
暮らしていました。
森の中央に泉があります。まったく濁りのない透明な水がこんこんと豊富に湧き出ています
。テイボンに降る雨が、山と森とに浄化された水を作り出してくれているのです。
島はもう何百年もやわらかな自然の懐のなかで眠り続けているような感じでした。
しかしある日のことです。
さァと一陣の風が島を吹き渡って行ったかと思うと、それをきっかけにしたかのように泉の
水が涸れてしまいました。湧き出す水がピタリと止まり、泉の水はまるで巨人がいっぺんに飲
み干してしまったかのように、一夜にして干上がってしまいました。
こんなことははじめてだったので、島の人々は驚きました。テイボンが噴火するのではない
かと恐れました。
けれどテイボンは火山ではありませんでしたから、噴火はしません。海底の珊瑚が盛り上が
って山になっただけですから、テイボンはただそこに聳えているだけです。
泉が涸れると、森の木々たちも痩せ細りはじめました。たわわに実っていた果実も、いきな
り萎んでしまいました。動物たちは何かに怯えるようにして、巣へと逃げ込み、いっさい姿を
見せなくなりました。
何かこの平穏な島に異変が起こったのです。それは間違いがありません。
島の人々は空に大きな影がよぎるのを見ました。
「ドラゴンだ!」
誰かがそう叫びました。この島にドラゴンが現れたのです。あの一陣の風に乗って、ドラゴ
ンが島へと飛来したらしいのです。そのせいで泉が涸れてしまったのでしょうか。泉の水をド
ラゴンが飲み干してしまったのでしょうか。
「そんな莫迦な」
と誰かが言いました。
「ドラゴンはこの星と自然との守り神だ。ドラゴンがやってきたおかげで、島の自然がさらに
豊かになることはあっても、自然が絶えてしまうなんてあり得ない」
その人はそう主張しました。
けれど、島の異変の原因はほかに考えられません。異変が起こる前と後とで変わったことと
言えばドラゴンが空を舞うようになった、というそれだけしかなかったのですから。
島の人々は長の家の前に集まり、幾日も議論していました。ドラゴンが泉を涸らしたのだ、
と言う人と、そんなはずはないと首を振る人とで激しく言い合いが続きました。
島の自然が失われてしまうと同時に、平和で穏やかなこの島の人々も刺のある言葉で相手を
非難するようになりました。やわらかな空気が尖ってきたように見えました。
「ドラゴンは確かに自然の守り神じゃ」と長は言いました。「ドラゴンがいてくれるからこそ
、この星にはたくさんの生命が生きて行ける。それは確かじゃろう。だが、この島の姿を見て
くれたまえ。ドラゴンが現れたと同時に、この島の自然は死に絶えようとしている。これは何
故じゃ」
言って、長は島の人々を見渡しました。だれも答えられません。
長は言いました。
「ドラゴンはこの星の守り神じゃ。だが、中には悪いドラゴンだっているのかもしれん。そう
いうドラゴンは自然を破壊するのかもしれん。いや、きっとそうなのじゃ。この島には悪いド
ラゴンがやって来たのじゃ」
そういうことなのかもしれませんでした。長の言う通り、これは悪いドラゴンの仕業と考え
るしかないようでした。
そこで島の人々はドラゴンを退治しようと決めました。悪いドラゴンなら退治しなければな
りません。長は島で採れる白珊瑚の玉を報奨金代わりにしてドラゴン・スレイヤーたちを呼ぶ
ことにしました。ドラゴンの牙は粉にして煮ると、どんな病気もたちどころに治ると言われて
いましたので、どうしても薬の必要な人のためにドラゴンの牙を取ろうとする男たちがいたの
です。牙はドラゴンを仕留めなければ得ることができなかったので、こういう男たちはドラゴ
ン・スレイヤーと呼ばれていました。
長はそんな男たちを島に呼び寄せる決心をしました。尊いドラゴンを退治するなんて、果た
していいことなのかどうか長にもわかりませんでした。けれど、島を守るためにはほかに手段
はなかったのです。
島の人々は悪いドラゴンがいますぐこの島から飛び離れて行ってくれることを期待しました
。ドラゴンを傷つけることなく、しかも島の自然を回復させられれば、それがいちばん良かっ
たからです。
長はスレイヤーたちにドラゴンを生け捕りにするよう命じることにしました。島を荒らすと
しても、やはりドラゴンの生命を奪うことが、彼には出来なかったのです。
(つづく)
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